Em フォー スター。 電マガ46号「E.M.フォースター雑感 (1)」

E.M.フォースター年譜

em フォー スター

この点において、フォースターは他のヒューマニストたちとは一線を画す。 「あの会社はクリスマスまでに管財人の手に移ります。 この直観は、きっと小さなころに早くも掴んでいたのではないでしょうか。 初めは互いを警戒していた両家だったが、やがてマーガレットは、どこか浮世離れしていて優美な高貴さを漂わせるウィルコックス夫人(ルース・ウィルコックス)と特に親しくなる。 ほかにも『ハワーズ・エンド』 Howards End,1910 、『果てしなき旅』 The Longest Journey,1907 、『天使も踏むを恐れるところ』 Where Angels Fear to Tread, 1905 がある。 ヘレンの才能や社会的な地位を思うと、レオナードは道で会った最初の人間に彼が打ち殺されても仕方がないのだという気がした。

次の

映画で読むイギリス小説:フォースター原作『ハワーズ・エンド』

em フォー スター

しかし、自分の友人である貧しいレナード青年がヘンリーの助言によって職を失ってしまったことに腹を立てたヘレンは、マーガレットの前から姿を消してしまう。 ただ、ヘレンがしたことはわたしもしたのだと自分に言い聞かせなさい」(フォースター『ハワーズ・エンド』pp. それにジュリー・マントという名の粗忽な叔母さんがいて、この人のふるまいで読者はこの話が基本的にコメディーであることを知る。 無言でも沈黙でもなく、そこに現れるべくして現れ、消えるべくして消える「状態」なのです。 そうすると、ちょっとしたことでこちらも平衡を失うような心境になる。 フォースターが手伝った、フランシス・ジュリア・ウェッジウッドの『道徳の理想』 1888 改訂版が出版される。 】 【家族会議の後、チャールスの妻のドリーはヘンリーに、「お母様がマーガレットにハワーズ・エンドをお残しになって、それがやはりマーガレットのものになるって不思議ですね」と言って去っていく。 】 【マーガレットとウィルコックス夫人は一緒にクリスマスの買い物に出かける。

次の

e.m. forster E.M.フォースター

em フォー スター

[…]。 読んでいくと、そのパセージが、深々と伝わってきます。 なかなか壮観だ。 (新井『階級にとりつかれた人びと』p. 260-1) 【「散文/詩」あるいは「獣(けもの)/修道僧」という言葉で表される二項対立は、「現実/理想」、「肉体(からだ)/精神(あたま)」、「欲望/理性」、「商売/芸術」、「イギリス的な実利主義/ドイツ的な教養主義」、「ヘンリー・ウィルコックスのような男/マーガレット・シュレーゲルのような女」といった、さまざまな対立を象徴している。 鍵と鍵穴のどちらとは言わないが、半分ずつの鍵と鍵穴をつくったところで、つまり一丁「前」のところで「仮の宿」にトランジットする宿命(情報活動)を選んだのだろうと思う。 しかし、洞窟の中で何があったのかについては、結局最後まで読者に明かされないまま終わってしまうのだが、これはどうかと思う。

次の

e.m. forster E.M.フォースター

em フォー スター

『E・M・フォースター著作集』(みすず書房)が全12巻・別巻という構成を組んでくれているのが、やはり大きくて、そこに『ロンゲスト・ジャーニー』『ハワーズ・エンド』から、これもちょっと有名な評論『小説の諸相』まで入っています。 その現代文化批判には友人D・H・ローレンスと根本で通じるものがあるが、フォースターは理念の極で過激な批判を下す反面、現実の極で積極的な愛よりも妥協的な寛容を説いて尊敬を集めた。 ぼくも猥談がめちゃくちゃ苦手で、一度もそれができないということをいっときコンプレックスに思っていたほどなので(笑)、多少のことならわかるのですが、フォースターはそれどころではないのでしょう。 「19世紀が死を大袈裟に扱いすぎたとすれば、今世紀はそっけなさすぎるのではないだろうか。 うーん、美しい。 「そうだ」と彼はしまいにいった。 […]。

次の

フォースターとは

em フォー スター

カトめぐ、よくやっている。 「老年と年をとることを同一視するのもよくない。 イギリスの小説家、評論家。 ストーリー展開的にも、購入しやすさの点でも、対象を決めつけてはいけないが、若い方には「ちくま文庫」の『眺めのいい部屋』、中高年の方には「池澤夏樹個人編集=世界文学全集」 河出書房新社 の第7巻『ハワーズ・エンド』をぜひおすすめしたい。 著者 訳者 「私にとってE・M・フォースターは、何度も読み返せる唯一の現存作家であり、読み返すたびに、何かを学んだという気持ちにさせてくれる作家である。

次の

[名言・格言集] E・M・フォースター(小説家)

em フォー スター

インド人の服装をしたフォースター 実は、ぼくは『ハワーズ・エンド』を読んだとき、このこともまた不思議な気分になるのですが、フォースターの作品のなかの描写には、また文体には、ほとんどどぎまぎするような箇所がないという、なんだか裏切られたような特色をもっているということに気がついたものでした。 (フォースター『ハワーズ・エンド』p. しかし夫人とアデラのほうは、たちまちインドの未知の魅力に惹きこまれ、もっとインドを知りたい、もっともっとインドを知りたいという気持ちになっていきます。 彼がもう何百年か前のもっと色彩に富んだ文明の下に生きていたならば、彼には【小作農や使用人といった】あるはっきりした身分があり、それと彼の収入は釣り合っていたはずだった。 そして、彼は多種多様な側面をもつ。 「あなたの場合は」 「今のウィッカム・プレースの家から出て行かなければならなくなったら、わたしにとってはあの家のような気がしてきた。 疑念というより、疑団というべきかもしれません。 登場人物すべてのキャラクター設定がイマイチ中途半端で、面白くなかった。

次の

映画で読むイギリス小説:フォースター原作『ハワーズ・エンド』

em フォー スター

さらには、キリスト教の「知」そのものについても、ああいうものはなんだか猥雑だというふうに随所で述べているのです。 それになんといっても」とそこで彼は今度は何かに敬意を表する声色になった。 そういう金持ちと貧乏人の違いがなくなるってことはないんです」(フォースター『ハワーズ・エンド』p. 】 【ところが事件から数カ月後、偶然にもマーガレットたちが暮らすロンドンの家の向かいの高層住宅に、ウィルコックス家が引っ越してくる。 怒りに駆られたヘレンは、田舎で行われたヘンリー・ウィルコックスの娘の結婚式に、レオナード・バストとその妻を連れて現われる。 (『日本大百科全書』[小学館、無料オンライン百科『Yahoo! これはきっとアデラの幻覚なんだと判断していたのです。 当時のインドはヴィクトリア朝イギリスの植民地です。

次の